| 神社の神様 |
| 古代日本の人々は農耕民族として自然への感謝。祈願。 自然そのものを神としてきた。 この信仰は生活習慣となっていて一般民衆レベルのものであった。 その地方、地域ごとにその地域に古くから祀られる神社、信仰があります。 神社への信仰、その根底にあるのは、およそ弥生時代から続く伝統、自然への感謝、願いなのです。 ・多くの神社の神様は、最も古い歴史書の日本書紀と古事記 に書かれる日本神話の神様。大和政権による支配の正当性を書いたもの。 大和政権は、大和地方で3世紀後半〜4世紀頃に成立した 大王(おおきみ)を中心とした有力豪族の連合政権。皇室の祖先が大王(おおきみ) 第9代の開化天皇までは実在せず、実在した可能性がある 最初の天皇「大王(おおきみ)」が、第10代の崇神天皇だと考えられている。 ・古代日本では、大和政権の王を大王(おおきみ)と言い、 第40代、天武天皇(673年即位)の時代に「天皇」の称号が一般的に使われる。 〜飛鳥時代〜 ・天武天皇により藤原京の造営が始まり、694年に都が飛鳥浄御原宮(奈良)から藤原京(奈良)に遷都。 ・元明天皇の和銅3年(710年)に都が藤原京から平城京(奈良)に遷都。 ・第42代、文武天皇(697年即位)の子が第45代、聖武天皇(724年即位) 聖武天皇の母は藤原 不比等の娘、藤原 宮子。 ・首皇子(後の聖武天皇)がまだ若く、「中継ぎ」として第43代、元明天皇(天智天皇の皇女)が即位 その後も第44代、元正天皇(文武天皇の姉)が「中継ぎの中継ぎ」として即位。 (元明天皇、元正天皇は女性天皇であり、女系ではありません。 歴代天皇で、ほかにも女性天皇はいますが、女系ではありません。 天皇陛下の父、その父、その父と、父系をたどると、古代の天皇から途絶えることがない「男系」なのです。 規定ができるよりももっと前、古代から男系が続いているのです。) 元正天皇の後、首皇子が第45代、聖武天皇に即位。 ・古事記は第40代、天武天皇により、作成がはじまり 和銅5年(712年)に太安万侶が編纂し元明天皇に献上。 日本書紀も第40代、天武天皇によって発議。 養老4年(720年)に完成。 古事記、日本書紀を合わせ「記紀」と呼ぶ。 ・藤原 不比等は平城京遷都計画を主導し、聖武天皇即位への計画をし、 日本書紀の編纂にも関わったと言われる。 ・記紀に書かれた日本神話に書かれるそのままの神様は実在はしない。 でも、完全に架空という事ではなく、例えば、ホデリとホオリという神様の神話で ホデリがホオリに服従したという神話があります。 ホデリ、ホオリの神話そのままの神は存在しないですが、 これは、古代日本の九州南部に存在した隼人の人々が大和政権に服従したことを意味すると考えられている。 そのほかに、日本神話の神々は、実際に存在する氏族、豪族等と、リンクしてるのです。 ・祖神 天照大御神 皇室 ・祖神 天児屋命→中臣氏→藤原氏→五摂家 ・祖神 饒速日 物部氏 物部氏は最も古くからの豪族で古代より大王家に仕えた。 ・祖神 太玉命 忌部氏 ・祖神 天忍日命 大伴氏 ・祖神 綿津見命 安曇氏 ・多くの神社の御祭神は大和政権に関連する神様ですが、 それ以外の神様も居ます。 その地方、地域ごとにその地域に古くから祀られる神様も居ます。 ・古代から絶える事がない伝統に歴史の重みを感じます。 ・神社(神道)は、根底は自然に感謝、祈願をする古代の日本固有の伝統、文化ですが 部分的に、仏教の影響、古代の中国の北魏・唐の文化 そして古代の中国固有の多神教の「道教」の影響、ほかに百済の影響もあります。 ちなみに〇〇神道というものもありますが、〇〇神道と、神道は違うものと言えます。 古代からの信仰が神道なのです。 古代には神道という言葉では呼ばれていなかったものの その古代の日本からの信仰のことを、神道と言います。 ・お寺(仏教) 仏教の発祥は古代のインド その後、古代の中国で発展して、百済から仏教が日本へと伝わったのです。 |
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